スポンサーサイト


上記の広告は30日以上更新(記事投稿)のないブログに表示されています。  

2012年10月25日

 第2回三世代交流三島市長杯・JPBU静岡カップ ペタンク大会が三島市立北小学校で開催されました。
 主催は日本ペタンク・ブール連合静岡とNPO法人地域活性スクランブルフォーラムです。私は、今回は残念ながらチームを組むことができず、スタッフ参加です。
 参加者は、1チーム3人で、それぞれ18チームと16チームありましたので、100人以上の方々がペタンクで競い合いました。参加した選手の最年少は4歳、最年長は96歳でした。(最年長の方は、インタビューで93歳とサバを読むお元気さです)
 JPBU静岡カップの優勝は、清住町Aの連覇です。
 今回は、三世代交流三島市長杯に大勢の子でもたちの参加があったこと、高齢者の参加があったことが昨年と大きく違います。96歳の方もそうですが、何人かいらした高齢者の方々は球を投げるときに車いすから立ち上がり投球していました。
 
 そもそもペタンクとは、1910年にフランスで生まれた球技スポーツです。
全員が地面に描いたサークル(35cmから50cm)から目標球(ビュット)に金属製のボール(ブール)を投げて、相手より目標球に近づけることで得点を競い合う競技です。ただ、投げるだけでなく相手のボールを弾き飛ばしたり、味方のボールに当てて、目標球(ビュット)に近づけたりと、競技としては様々な戦略があります。
 しかし、ペタンクは体力を必要としないので、小学生から高齢者までコミュニケーションをとりながら気軽に楽しめるスポーツです。

 ニュースポーツといわれるものは様々ありますが、「ペタンク」という響きも楽しく、広く大勢の方々に楽しんでいただきたいスポーツです。



  

2012年10月25日

 第72回秋の三島みどりまつりが、10月20・21日の2日間、長伏公園で開催されました。
 みどりまつりには母と連れだって出かけるのが恒例となっていましたが、今回は体調がすぐれないというので1人で出かけてきました。花木に詳しい母がいると、花のうんちくを片っぱしから話してくれ、今回は何を買って帰ろうかと相談するのですが、日ごろ庭いじりを母にまかせっきりの私としては、ただ見て回るだけの味気なさです。
 しかし、みどりまつりは、前回より大勢の人出でにぎわっていたように思います。
 私の買い物は「花より団子」でした。  

2012年10月25日

 三島市立大場幼稚園で「みどりの芝生でうんどうかい」が開催されました。
 先日、6月に園児たちと植えた芝生の様子を見学に行きましたが、その際、「芝生が生えそろったので運動会を開催します」と五明園長先生から伺い、早速遊びに行ってきました。
 この大場幼稚園には年長19名の園児しかいません。「19人しかいないので大した運動会はできません。」との園長先生のお話でしたが、ひとりひとりの「がんばりたいこと」表明から始まった運動会は、障害物競争やリズム体操、親子で「おんぶでぼうしとり」の騎馬戦まがいの競技あり、応援合戦までありました。また、リレーではおおいに盛り上がり、「先生もう一回やろう」と言い出す園児もいました。
 参加者は、園児のほか、入園前の幼児・小学生・保護者の方々、おじいさんおばあさん、そして私も「上手につかめるかな?」と「リズム『ね』」の2種目に参加してしまいました顔02
 また、中島八坂太鼓の特別出演もあり、園児たちも実際に太鼓をたたいてみるなどの体験もしていました
 園児たちは、芝生の上ではだしになり、元気に駆け回っていました。
 芝生は植えただけでは育ちません。夏の間は毎日水やりをする必要があります。保護者や近所の方々は、毎日交代で芝生の水やりを欠かしませんでした。まさに、子育てと同じです。地域で育てた芝生であり、地域で育てた園児たちの運動会でした。
 他の幼稚園や小学校、中学校にまで、校庭の芝生化が進んでいくと良いと思います。
  

2012年10月25日

 平成24年度日本大学三島高等学校同窓会の総会が三島プラザホテルで開催されました。
 総会には毎年約100人の卒業生が参加します。
 今年の総会には、先のロンドン五輪競泳男子200M個人メドレー6位入賞で日本記録保持者の高桑健君が参加し、表彰を受けました。
 高桑健君は、トーアスイミングの選手コースで私の娘たちの先輩にあたります。練習では同じプールで泳いでいたので、中学時代から知っています。また、健君のお父さんが娘たちのコーチでした。懐かしいです。
 久しぶりに会った健君の笑顔はちっとも変っていませんが、「次のオリンピックのリオを目指したい。次は絶対メダルを取ります。」と力強く話してくれました。頼もしい若者を久しぶりに見た気がします。やはり、世界を見ている人は目が違います。(と思います)
 私の娘たちも、オリンピック選手を夢見た時代もあったように思います。
 これからも、引き続き競泳を注目し、健君を応援したいと思います。
  

このページの上部へ